東京地方裁判所 平成9年(ワ)25253号 判決 1999年12月10日
原告
甲野花子(仮名)
(ほか二名)
右三名訴訟代理人弁護士
和久田修
被告
国
右代表者法務大臣
臼井日出男
右指定代理人
熊谷明彦
同
松田良宣
同
川上忠良
同
山口紀浩
同
宮沢忠孝
同
松岡則之
被告
東京都
右代表者知事
石原慎太郎
右指定代理人
西貴久
同
石澤泰彦
同
近藤守澄
同
鎌田信一
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 争点1及び2について
1 事実経過について
〔証拠略〕に前記前提事実を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件ポスターを掲出した経緯
(1) 警視庁公安部公安第一課(以下「公安第一課」という。)長は、昭和五六年一一月一二日、革労協〔編注、革命的労働者協会〕に所属するとされた原告らを含む八名を、昭和五六年九月一日に東京都目黒区内で発生した本件被疑事件の被疑者として、東京地方裁判所裁判官から逮捕状の発付を受け、警視庁公安部長名で各道府県警察本部長に対して第一種指名手配を行った。 指名手配された八名のうち三名は逮捕されたが、原告らを含む五名についてはその所在が判明せず逮捕に至らなかったことなどから、公安第一課において、広く一般の協力を得て捜査する必要があると認められたため、昭和六一年一〇月八日、右五名を公開捜査することとなった(その後、原告らを除く二名については、昭和六二年に逮捕された。)。
(2) 警察庁は、その後、原告ら三名の顔写真入りポスターを作成し、平成五年四月一四日に約七〇〇〇枚(「指名手配!!革労協(狭間派)」等と記載のあるA三版横長のもの)、同年五月一八日に約一万一〇〇〇枚(「過激派根絶!これがテロ、ゲリラ犯人!!」等と記載のあるB二版縦長のもの)、平成七年八月一四日に約一万一〇〇〇枚(「これを見てハッとした方!!110番」等と記載のあるA三版横長のもの)を、公安第一課に対し、それぞれ配付した。
公安第一課では、配付された各ポスターを、警視庁管内の各警察署長、鉄道警察隊長、運転試験場長等(以下「各警察署長等」という。)に配付し、警察施設の掲示板に掲出するとともに、各警察署の管轄区域内の旅館、ホテル、アルバイトを雇用する会社、銭湯、駅等にポスターの掲出を依頼するように公安部長名の文書によって指示した。
その結果、これらのポスターは、広く一般の目に触れる状態に置かれた。
(3) 平成七年八月一四日に約一万一〇〇〇枚配付されたA三版横長のものの一部が、今回公訴時効完成後も撤去されずに残存していたために問題となったポスターである。
(二) 本件ポスターを撤去した経緯
(1) 公安第一課は、平成八年四月下旬ころ、本件被疑事件の捜査を担当していた東京地方検察庁検察官から、本件被疑事件の公訴時効が同年五月五日午前〇時で完成するので原告ら三名の関係記録を送致するよう連絡を受けたため、右捜査書類を検察官に送致するとともに、公訴時効が完成した後、原告らの指名手配を解除する手続をとった。具体的には、公安第一課長が、同年五月五日、警視庁公安部長名で道府県警察(方面)本部長等に宛て、公安第一課長名で警視庁管内の各警察署長等に宛て、「指名手配被疑者の公訴時効に伴う手配解除について」と題する文書を発出し、原告ら三名に対する指名手配が解除されたことを各都道府県(方面)警察に対して通報した。
また、同日、公安部長名をもって警視庁管内の各警察署長等に対し、「極左指名手配被疑者の公訴時効に伴うポスターの撤去について」と題する文書が発出され、警察庁から配付された本件ポスターを撤去するように指示が出された。
なお、本件被疑事実の公訴時効が完成した平成八年五月五日より後は、本件被疑事件に関して原告らについての有効な逮捕状は存在していなかった。
(2) 平成八年七月三日、警視庁駒込警察署員らに対し、革労協の活動家から、本件被疑事件の公訴時効が成立しているのに、同署浅嘉交番の揚示板に本件ポスターが掲出されているなどと抗議がされ、当該ポスターは撤去された。
その報告を受けて、公安第一課長は、同月四日、警視庁管内の各警察署長等に対し、「極左指名手配ポスターの撤去依頼(再)について」と題する文書を発出し、本件ポスターの撤去を徹底するよう再度指示を出した。
(3) 平成八年七月二九日、原告代理人と革労協の活動家が、公安第一課を訪れ、本件ポスターが警視庁管内では千代田線町屋駅構内に、他県では埼玉県川口警察署並木町交番の掲示板及び千葉県浦安警察署の掲示板に掲示されていることを示した上で、本件ポスターを撤去するように求めた。
そこで、公安第一課は、直ちに警視庁荒川警察署に連絡して指摘のあった本件ポスターを撤去させ、川口警察署と浦安警察署にもその旨の連絡をした。
公安第一課長は、同月三〇日付けで警視庁の第一方面から第九方面までの各方面本部長宛てに「極左指名手配ポスターの撤去依頼(再々)について」と題する文書を発出し、各方面本部からそれぞれの方面本部に所属する警察署に本件ポスターの完全撤去を指示するよう事務連絡を行った。
この事務連絡の中で、特に、地下鉄相互乗り入れ駅構内、地下鉄通路等の目立たない場所、JR駅構内、ビジネスホテル、サウナ風呂等の宿泊施設、コンビニエンスストアー等多数の人が出入りする場所等に撤去漏れの本件ポスターが残っている可能性が高いので、駅等の施設の管理者に対して協力を要請し、本件ポスターを完全に撤去するようにと、重ねて指示が出された。
(4) 右の事務連絡の後、公安第一課では、平成八年九月一日、警視庁丸の内警察署長から地下鉄大手町駅構内、同日、深川警察署長から地下鉄東陽町駅改札口助役室隣、同年一一月二八日、運転免許本部長から府中運転免許試験場の掲示板、同年一二月一日、武蔵野警察署長から同署本町四丁目交番の掲示板にそれぞれ掲出されていた本件ポスターが撤去されたとの連絡を受けた。
その後、原告ら三名により本訴が提起された後、公安第一課が、JR秋葉原駅及び京浜急行蒲田駅に本件ポスターの撤去について確認したところ、右各駅の駅員から、JR秋葉原駅については、同年八月一五日ころ、京浜急行蒲田駅については、平成九年二月二一日ころ、それぞれ本件ポスターを撤去した旨の回答を得た。
(5) 「未撤去ポスター一覧(97・11段階)」記載の本件ポスターは、遅くとも平成九年一一月二六日の本訴提起の日までには全て撤去された。
2 警察事務等について
(一) 警察の事務の帰属
警察法三六条は、都道府県警察は、その管轄区域について同法二条に規定する警察の責務に任ずると規定して、その担当に係る職務を全面的に遂行し、そのすべてにわたって責を負うことを定め、地方自治法二条六項二号は、都道府県が警察の管理及び運営に関する事務について処理するものと規定している。このように、警察職務の執行は、基本的に都道府県警察の権限とされている。
他方、国家的ないし全国的な見地から、国がつかさどり、統轄し、又は調整すべき事項もあるため、都道府県警察の事務のうち、警察庁の所掌事務にかかるものについては都道府県警察は警察庁長官の指揮監督を受けるとされている(警察法一六条二項)。右の警察庁の所掌事務には、同法五条二項各号及び同条三項に規定されている事務が含まれる(同法一七条)が、この警察庁の所掌する事務に関しても当該都道府県の区域については都道府県警察が全面的にその責務を果たすべき責任を担い、警察庁はその所掌事務の範囲についてのみ指揮監督を通じて国の治安責任を負うにすぎない。
警察庁長官の指揮監督の態様は、警察庁の所掌事務の内容及び性質によって異なるが、同法五条二項一六号については、本来都道府県が自らの責任と判断で行う事務に対して、各都道府県において統一のとれた警察運営がされるように一定の規制を行うことを内容とするものである。この事務の指揮監督は、通常の行政官庁間の指揮監督とやや異なった形態と内容をもって行われ、この点につき、警察庁長官が都道府県警察に対し、具体的な警察職務について指揮監督をすることができるという規定は見当たらない。
(二) 指名手配制度
指名手配とは、逮捕状の発せられている被疑者の逮捕を依頼し、逮捕後身柄の引渡しを要求する手配をいい、他の警察に対する共助の依頼の一種である(犯罪捜査規範二八条一項、三一条一項、犯罪捜査共助規則七条一項)。
指名手配は、原則として警察本部から他の警察本部に対して行うものとされている(例外的に、北海道警察に対する指名手配については該当する方面本部に対して行われる場合がある。)。すなわち、警察行政手続の法規上、指名手配は、都道府県警察の間で行われるものとされ、警察庁を経てされるものとはされていないことをみて取ることができる。
そして、指名手配は、相手に一定の措置を依頼するのであるから、逮捕状の有効期間が経過し、逮捕状の再発付を受けない場合のようにその必要がなくなったときには、その解除を速やかにかつ確実に行うことが義務付けられており(犯罪捜査規範三八条二項、同条一項、犯罪捜査共助規則一五条二項、同条一項)、この義務は指名手配制度を実効あるものにするためにも不可欠の要件であるということができる。指名手配という制度の性質上、指名手配を解除する責任は、その指名手配を行った都道府県警察(以下「手配警察」という。)にあり、指名手配の解除は、手配警察から、警察庁を経ることなく直接他の都道府県警察に対し通知して行われるべく位置付けられている。
また、指名手配は、常に逮捕状の存在を前提とする制度である(犯罪捜査規範三一条、三三条)から、有効な逮捕状が存在しなくなった場合に手配警察が指名手配を解除しなければならないことは、当然というべきである。
(三) 公開捜査用ポスターの作成及び配付
(弁論の全趣旨によればこの項の事実が認められる。)
現実の警察実務において、手配警察は、犯罪の凶悪性、社会的危険性その他の事情を総合的に考慮して、事件を公開捜査に付する場合がある。指名手配被疑者の公開捜査とは、被疑者の逮捕を目的として、指名手配被疑者の氏名、写真等をポスター、ちらし等で広く一般に公表し、積極的に国民の協力を求める捜査をいい、指名手配被疑者に対する捜査の手法の一つとされている。
公開捜査用ポスターは、手配警察により指名手配被疑者の氏名、顔写真等が入ったものが作成されることがあるが、そのほか、警察庁により作成されて各都道府県警察に配付されることもある。警察庁が公開捜査用ポスターを作成して配付するのは、国家的ないし全国的な見地から判断し、全国の警察において広く国民の協力を求めることが必要であると認められる場合において、当該指名手配被疑者の検挙に向けた取組につき都道府県警察によって格差が生じることのないようにするためである。警察庁は、公開捜査用ポスターを配付するに際し、各都道府県警察に対して、指名手配被疑者に対する捜査に活用されたい旨を連絡して配付し、配付を受けた各都道府県警察は、それぞれ、掲出効果等を判断した上、管内の警察施設に公開捜査用ポスターを掲出し、又は駅等多数の人が出入りする場所等にポスターの掲出を依頼している。つまり、警察庁が作成し、各都道府県警察に配付する公開捜査用ポスターであっても、手配警察等が作成する公開捜査用ポスターと同様に、指名手配被疑者に対する捜査を行う各都道府県警察により、管内における指名手配被疑者に対する捜査のため、自らの判断のもとに掲出されている。
(四) 公開捜査用ポスターの撤去
(弁論の全趣旨によればこの項の事実が認められる。)
指名手配被疑者につき公訴時効が完成したことなどの理由により、手配警察が指名手配を解除した場合、手配警察及び手配警察から解除の通知を受けた都道府県警察は、管内の警察施設に掲出した公開捜査用ポスターを撤去(シールの貼付等撤去と同視し得る措置を含む。以下同じ。)し、又は掲出を依頼した駅等に撤去を依頼している。このことは、警察庁が作成し、各都道府県警察に配付した公開捜査用ポスターについても同様であり、各都道府県警察がその判断のもとに警察施設に掲出したポスターの撤去及び掲出を依頼した駅等に撤去を依頼している。
3 被告国の責任について
(一) 前記1及び2の認定説示及び前記前提事実によれば、特定の都道府県警察自らの管轄区域内で発生した事件について指名手配の手続がとられた場合にその管轄区域内における当該事件に関する捜査が当該都道府県警察の事務に帰属するのはもちろんであるが、その管轄区域外で発生した事件について指名手配の手続がとられた場合においても、管轄区域内における捜査はあくまでも所轄の都道府県警察の事務に属するのであって、指名手配の手続をとった都道府県警察の事務に属さないというほかはない。
この理は、警察庁が、国家的ないし全国的な見地から公開捜査用のポスターを作成し、全国の各都道府県警察に対して公開捜査用ポスターの配付を行った場合にも、同様に妥当するというべきであって、この場合、管轄区域内における捜査はあくまでも所轄の都道府県警察の事務に帰属するといわなければならない。つまり、公開捜査用ポスターを自らの管内の警察施設に掲出したり、駅等の多数の人が出入りする場所に公開捜査用ポスターの掲出を依頼したりすることは、各都道府県警察が犯罪捜査の一環として、各都道府県警察自らの判断の下に行う事務というほかはない。
したがって、指名手配が解除された場合に、掲出していた公開捜査用ポスターを撤去することも、各都道府県警察が犯罪捜査の一環として、自らの判断のもとに行う事務であると評価すべきである。警察庁によって公開捜査用ポスターが作成、配付された場合においても、各都道府県における公開捜査用ポスターの掲出、撤去は、各都道府県警察の事務であり、警察庁の事務であるということはできない。
そうすると、本件ポスターの撤去も、所轄の都道府県警察の事務に帰属し、警察庁には、本件ポスターの撤去に関する義務はないというべきである。
(二) なお、原告らは、公開捜査用ポスターの撤去についても、警察庁は、各都道府県警察を指揮監督しなければならないと主張する。
しかし、前述のとおり、公開捜査用ポスターを自らの管轄区域内に掲出することは各都道府県警察が犯罪捜査の一環としてそれぞれの判断のもとに行っている事務であるし、自らの管轄区域内における公開捜査用ポスターの撤去も各都道府県警察の判断のもとに行われる事務である。そして、前述のとおり、指名手配が解除された場合には、警察庁を経由することなく、手配警察から各都道府県警察に直接その旨の通知がされるのであるし、警察庁が都道府県警察に対し、具体的な警察職務に関して指揮監督すべき義務を定めた規定も存在しない。
そうすると、警察庁に、本件ポスターの撤去について、各都道府県警察を指揮監督する義務は存在しないというべきこととなる。
(三) したがって、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの被告国に対する請求は棄却を免れない。
4 被告都の責任について
(一) 前記認定事実によれば、昭和五六年一一月一二日、公安第一課長が本件被疑事件の被疑者として原告ら三名につき、各道府県警察本部長に対して第一種指名手配を行ったこと、本件被疑事件については平成八年五月五日午前〇時に公訴時効が完成したこと、公訴時効が完成した平成八年五月五日以降は、本件被疑事件に関して原告らについての有効な逮捕状が存在していなかったことが認められる。
また、前述のとおり、警察庁が国家的ないし全国的な見地から公開捜査用のポスターを作成、配付した場合においても、特定都道府県警察の管轄区域内における捜査は、あくまでも所轄の都道府県警察の事務に帰属するのであって、指名手配が解除された場合に、自らの管轄区域内に掲出していた公開捜査用ポスターを撤去することは、各都道府県警察が自らの判断のもとに行うべき事務である。
そうすると、本件において、手配警察である警視庁は、本件被疑事実について公訴時効が完成し有効な逮捕状が存在しなくなった時点で、他の道府県警察に対して原告らの指名手配が解除された旨を通知する義務を負うとともに、警視庁管内に掲出されている本件ポスターを自ら撤去する義務があったことが肯認される。
(二) 前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、警視庁は、本件被疑事件の公訴時効が完成した平成八年五月五日のうちに警視庁公安部長名で都道府県警察(方面)本部長等に宛て、公安第一課長名で警視庁管内の各警察署長等に宛て、文書を発出して原告ら三名についての指名手配が解除されたことを通報したこと、同日公安部長名をもって警視庁管内の各警察署長等に対し文書を発出して警察庁から配付され掲出された本件ポスターを撤去するように指示を出したこと、その結果、警視庁管内に掲出されていた本件ポスター約一万一〇〇〇枚のほとんどがほどなく撤去されたこと、その後革労協の活動家から本件ポスターが掲出されているなどと抗議を受けた際に、警視庁駒込署員は直ちに指摘のあった本件ポスターを撤去したこと、この報告を受けて警視庁は管内の各警察署長等に文書を発出して本件ポスターの撤去を徹底するように再度の指示を出したこと、原告代理人らが公安第一課を訪れて撤去するよう求めた際、警視庁は直ちに他県内を含む担当警察署に連絡をとり、指摘された本件ポスターはほどなく撤去されたこと、これを受けて、警視庁は第一方面から第九方面までの各方面本部長宛てに文書を発出して各方面本部から所属警察署に本件ポスターの完全撤去を指示するよう事務連絡を行い、特に駅など多数人が出入りする場所等に撤去漏れのポスターが残っている可能性が高いので施設の管理者に協力要請して完全に撤去するようにと重ねて指示を出したこと、警視庁管内において残存していた本件ポスターは、遅くとも平成九年二月二一日までには完全に撤去されたことが認められる。
(三) そうすると、手配警察として、警視庁は、本件被疑事件の公訴時効が完成した平成八年五月五日のうちに、原告ら三名についての指名手配が解除されたことを他の都道府県警察に対して通報しているのであるから、他の道府県警察に対して原告らの指名手配が解除された旨を速やかにかつ確実に通知するという義務は尽くされたということができる。
(四) また、警視庁が警視庁管内に掲出された本件ポスターを自ら撤去する義務を尽くしたかどうかを検討してみると、本件において、警察庁は、警察庁から約一万一〇〇〇枚もの多数の本件ポスターの配付を受けて、警察施設の掲示板に本件ポスターを掲出し、また、各警察署管内の旅館、ホテル、アルバイトを雇用する会社、銭湯、駅等にも本件ポスターの掲出を依頼して掲出していたこと、警視庁は、本件被疑事件の公訴時効が完成した平成八年五月五日のうちに、警視庁管内の各警察署長等に対し掲出されている本件ポスターを撤去するように指示を出しただけでなく、その後二度にわたって、警視庁管内に残っている本件ポスターの撤去を徹底するように指示を出し、その結果、警視庁に配付され警視庁管内に掲出された約一万一〇〇〇枚の本件ポスターのうち、大部分が公訴時効完成後ほどなく撤去され、その後わずかに警視庁管内に残存していた本件ポスターも残置の事実が判明する都度に撤去されて平成九年二月二一日までには完全に撤去されるに至ったことが明らかにされている。
ところで、指名手配被疑者の公開捜査は指名手配被疑者の逮捕という公益性の高い目的に支えられているということができ、本件においてもその目的のために右のような多数の枚数の本件ポスターが、東京都内の多数かつ様々な警察施設、一般の施設に広く配付掲出されたことが推認される。それらの多数かつ様々な施設に配付掲出されたポスターの撤去指示先又は撤去依頼先が膨大な数にのぼり、撤去指示、撤去依頼と撤去作業とのために相当程度の時間を要するであろうことは容易にみて取ることができる事柄である。また、これらの撤去指示先、撤去依頼先は他の繁忙な固有事務、業務がある部局、営業所であると推測され、わずかな範囲内で撤去漏れが生ずることはある程度避けることが難しい事態というべきであり、大部分を撤去した後に微々たる範囲で残ったものについては、何らかの指摘をまち又は何人かの認知のたびにその都度撤去するという方法を採用することもやむを得ないというほかはない。
本件ポスターの枚数、本件において推定される本件ポスターが掲出された場所の範囲、種類の多様さと広がり、ポスターが撤去されるまでの期間及びポスターの撤去の態様、撤去要求のされた際の警視庁の対応等の諸般の事情を総合して考えると、本件において、警視庁は、管内に掲出された本件ポスターを合理的で正当な期間内にすべて撤去し尽くしたと評価することができ、警視庁は、その管内に掲出された本件ポスターを自ら撤去すべき義務を尽くしたということができる。
(五) なお、原告らは、警視庁は他の道府県警察の管轄区域内に残存していた本件ポスターについても撤去義務を負うと主張する。
しかし、犯罪捜査規範三八条三項、同条一項及び犯罪捜査共助規則一五条三項、同条一項には、手配警察は、共助の依頼をした場合においてその必要がなくなったときは、必要な手続をとらなければならないと規定されているにすぎない。
既に述べたように、自らの管轄区域内において公開捜査用ポスターを掲出したり、駅等多数の人が出入りする場所等にポスターの掲出を依頼すること及び掲出した公開捜査用ポスターを撤去したり、関係施設に対してポスターの撤去を依頼することは、あくまでも当該区域を管轄する各都道府県警察の事務というべきである。すなわち、手配警察としては、指名手配が解除されたことを他の警察に通知すれば足り、それ以上に他の都道府県警察の管轄区域内に残存しているポスターを自ら撤去する義務まで負うとは考えられない。
(六) したがって、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの被告都に対する請求は棄却を免れない。
二 以上のとおり、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないから、これを棄却することとする。
(裁判長裁判官 成田喜達 裁判官 髙宮健二 阿閉正則)